![]() 《第4日》 ’11.8.21
ホテルをチェックアウトし、湖西線にて京都へ。さらに東海道本線に乗り換え、来たときと同じ
路線を逆に向かいます。途中、米原駅で乗り換え、着いた所が関ヶ原。慶長5年(1600)、天下 分け目の戦いが行われた古戦場です。 駅を出て、すぐ目に入るのは戦いに臨んだ武将たちの幟旗。この頃からやや天候が怪しくな
り、雲が低く垂れ込め風も強くなりました。幟がバタバタとはためき、まさに風雲急を告げる… 至る所に残る、各武将たちの陣所跡も雰囲気抜群。「赤備え」で知られる井伊直政(東軍)の
陣跡や徳川家康(東軍大将)が戦後に首実検を行った所、「敵中突破」の猛将・島津義弘(西 軍)の陣跡などを見て回ります。東軍の福島正則隊が、西軍の宇喜多秀家隊に向かって発砲 したことによってこの大戦の火蓋が切られたという「開戦地」も、その碑が残されていました。 しかし、中でも特に印象深かったのは笹尾山の石田三成(西軍大将)陣跡です。戦場を見下
ろす高台にあるこの場所は二重の防御柵が設けられていました。 古戦場の持つ独特の雰囲気を満喫し、さらに「関ヶ原歴史民族資料館」を見学して満足感一
杯のまま再び東海道本線に乗り込みます。途中、大垣にて快速列車に乗り換え、向かった所 が岡崎。神君・徳川家康が生を受けた所として有名です。愛知環状鉄道に乗り換え、岡崎城 へ。 小ぶりながらも剛健なイメージを持つ天守閣が印象的。敷地内には家康の堂々たる銅像が
建てられていました。また、「徳川四天王」の一人として名を馳せた本多忠勝像や、家康が三 方ヶ原で武田信玄に負けた時の姿を写した「しかみ像」などもあり、歴史マニアにはとても興味 深いところです。併設されている博物館・「三河武士のやかた」では先程訪れた関ヶ原合戦の ジオラマや、精強を誇った三河武士団の活躍なども見学することができます。 二百六十有余年という長期政権を築いた家康の「原点」に、僅かながら触れることが出来た
気がしました。
●「徳川四天王」とは…
古くから家康を支え、天下獲りに貢献した四人の側近
酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政
![]() |